喫茶とちょうど品 エントワ

Sayaka Nogawa
Oct 31, 2020

大好きな喫茶店がある、エントワ というお店だ。喫茶店としてだけでなく、本屋や、ちょうど品としての顔を持つ。身近にありながら日常から少し距離を置いたほっとした時間を味わうことができる。

明治からある土蔵を改築して喫茶店として存在しているこの建物は、建築物ですら消費財になっている現代において、年数を重ねることで出る味わいや風格を思い起こさせてくれる。そしてそれを現代の生活と融合させて手を加え使い続けられているというのも素敵だ。長く続く通路の歩くと少したわむ感覚や、通路から見える湧水の井戸に反射して揺れている光は見ているだけで心癒される。

その非日常感は入り口から始まっていて、細い路地に入るとひょっこり可愛い看板が見える。本当にここでいいかな、お家と間違っていないかなと思いながらそろそろと入ると奥には広大な駐車場と土蔵がどっしりと構えてお出迎えしてくれる。1階のカフェスペースは落ち着いた照明と、個性豊かな器たちが並べられたキッチンを背景に、各々の時間を楽しむことができる。飲み物はよくある白いコーヒーカップではなく、一つ一つ違う素敵な器に入っていて、味もとても美味しい。アイスコーヒーはきちんと淹れたてのものを冷却しているので香り高いまま味わえる。

ちょうど品というのは、「調度品」「ちょうどいい品」の造語なのだそうだ。実際に店主の方が使って良いと思われているものしか置いていない、というだけあって、購入したものは驚くほど全部気に入っているし、実際によく使う。昭和を感じさせるほっこりする様なものから、本当に実用的なものまで幅広くセレクションされていて、実際にこちらへ伺わなかったら知らなかったであろうものたちに出会うことができる。昭和生まれの母にとっては懐かしいものも、平成生まれの私には新しく感じたりする。そんな会話を楽しみながら、もしくはじっくり丁寧に書かれた商品説明の札を読みながら一巡するのもまた楽しい。大体何でも検索して翌日に手に入ってしまうような現代だと、こういった物を購入する際の愉しみというのが分からなくなってしまう時がある。それはそれで実際にとても便利なのだのだけれど、逆にこれに慣れてくると、ゆっくりものに向き合い大切に持ち帰るという経験自体がとても貴重で喜ばしいものに思えてくる。本当に気に入って購入したものや作り手の思いを感じられるものは、使う度に幸せな気分にさせてくれる。

そして二階は、本に囲まれながら喫茶を楽しめるという本好きであれば堪らない空間。言葉にするのが難しいくらい心落ち着く空間で、本に夢中になったり、考えを巡らしているうちに時間が信じられないほど早く過ぎてしまう。サードプレイスと呼ばれる作り込まれた商業的匂いが感じられるカフェや喫茶店とは一線を画す作り手の愛に溢れたユニークな空間は、自然と心を掴まれる。木と本のこの何とも言えない温もりと匂い、美味しい喫茶のコンビネーション。二階は音出しNGだけれど、一階から聞こえてくる程よい音がとても心地いい。静かすぎると逆に気が散ってしまう。そして暗めの絶妙な明るさも本を読むには最適で、ローソファーに体を預け足を伸ばしてゆったりと寛ぐことができるのもいい。

そして空間だけではなく、本屋という存在の良さも改めて感じることができる。今や欲しい本があれば新品であれ古本であれ、家に居ながらにしてワンクリックで翌日届く時代だけれど、それはあくまで自分が検索することが前提であり、本の佇まいに惹かれたり、偶然手にとって読み始めたら中身が非常に面白かった、なんてことがなかなかない。この偶然の本との出会いが逆に今は貴重で、求めていたものだと思った。一生かかっても世界中全ての本なんて読めるはずもなく、店主の価値観でセレクトされているというところが本屋の価値であり、そこに個性が宿るのだと思う。駅前のチェーン店の本屋に全然魅力を感じないのは恐らく個性が感じられないからだと思うし、品数が多過ぎて集中できず何だか選ぶ気力すら削がれる。適度に選ばれた、というのも重要な要素だと思う。もしかしたらここにある本は全部読めるのではないかと思えるようなサイズ感がちょうど良い。実際にいいなと思う個人経営の本屋さんは非常にこじんまりとしていて、一つ一つ選び抜かれた本たちは堂々としているようにさえ見える。そしてその中からピンとくる本を見つけるプロセスはとても楽しいし、こちらで見つけなければ出会うことのなかったかもしれない本たちに、新しい知識や刺激を沢山もらった。何度訪れても飽きることはなさそうだ。

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